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うつ病の急性期

こんばんは!まるちゃんです。

今日はうつ病の急性期だった時のことをお話していこうと思います。

私の場合ですが、2016年9月にうつ病と診断されたのですが、それからも働いていました。

いっぱいの薬を飲みながら、栄養ドリンクを朝と夕方に飲みながら、回らない頭と鉛のような体と一緒に毎日うつ病に引っ張り回されていました。

帰り道買い物に行こうと駐車場に停まっていましたが、知らない間に1時間以上も寝ていたことが毎日のようにありました。

帰ってからは、ご飯を食べて、お風呂に入って、洗濯して、お弁当を作っての繰り返し!

仕事はミスをしないことだけを考えて必死でした。

毎朝当時高校生だった次女に「朝起きるとき一緒に起こして!」と頼んでいました。

でも、そんな日は長くは続きませんでした。

12月のある日(その日は実家の母の誕生日でした)、通勤途中の車の中で、急に免許証をどこにやったかな?とカバンを探しているうちに、気付いたら電柱にぶつかっていました。

すごい衝撃音がして、目の前に電柱があるのを見た時、「あー、やっと仕事を休めるなあ」とホッとしました。(自らぶつかっていった訳ではありませんが・・・)それぐらい限界まできていたのでした。

救急車を呼んで下さった方が、ずっと励ましてくれていました。「もうすぐ救急車が来ますからね」と何度も何度も・・・。

そして到着したころから私の目の前は真っ暗になり、半分意識がなかったです。病院に着いてもみんなの声は聞こえますが、目が開けられませんでした。胸にシートベルトの跡がついて内出血していましたが、骨も頭も異常ありませんでした。

この日のことは今でも時々思い出すことがあります。すごく恐ろしい出来事ですが、あの事故がなければ私はまだまだがんばって仕事をしていたはずです。それと単独の事故で本当によかったです。

その事故がきっかけで休職することになりました。

それからの毎日はモノクロの景色になりました。全く色がないのです。

毎日朝は起きますが、コタツで一日が過ぎます。

ご飯も作ることが出来ず、何を食べていたのかわかりません。

洗濯は娘がしてくれました。掃除は夫がしてくれました。

高校から帰った娘が夕食を作ってくれました。

私はただ毎日食べて寝て、また食べて寝て、お風呂に入ってまた寝て・・・。

とにかくよく眠っていました。これが薬によるものなのか、病気によるものなのかわかりませんでしたが・・・。それぐらいの記憶しかありませんでした。

半年休職していましたが、月に1回面接があって、上司2人と近所のマクドナルドで近況を話さなければなりませんでしたが、それがすごく苦痛でした。10分ほどの時間でしたが、そこに行くのに身なりを整えたりすることが面倒でした。何より全然よくなる気配がないまま復職する準備が整えられていくことが恐怖でした。

そんなこんなで半年の休職の後復帰することになりましたが、またそのお話はいつかまた・・・。

今日も読んでいただきありがとうございます!

ではまた・・・。

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